About

小松崎茂について

~天才挿絵画家の誕生~
小松崎茂は今から約100年以上前の1915年、大正4年に今の東京都荒川区で生まれました。今でこそ「東京」となってはいるものの、当時は『東京の場末』や『東京の田舎』と言う感じの場所でした。

その頃の日本は激動の明治時代が終わり、大正ロマンが開花間近と言う時代。
インターネットやスマホはもちろん、まだテレビすらなく現代からは想像もできないような時代でしたが、芸術の世界では日本画・洋画ともに再興の動きが進み「大衆文化史の原点」とも言える大正と言う時代が、茂の気質を刺激して、その後の感性や人格形成に大きな影響を与えていきました。

そんな茂の幼少時代からの夢は「外国航路のコック」になることでした。
食べることが好きだった茂なので、豪華な料理を作りながら船で世界中を周れたらどんなに素晴らしいことだろうと憧れていました。

その次の夢が「絵描き」になることでした。
茂には「貧乏人は美に憧れる」と言う口癖がありましたが、貧乏人は周囲に美しいものが少なくとにかく【美】に憧れるのだ、と言う意味で、幼少時代から絵を描くことが大好きだった茂はまさに【美】に憧れて「絵描き」を目指すようになったのでした。

しかし当時、画家になる道は今では考えられないほど困難で「画家=永久失業者」と言われるような時代でしたが、画家の道へ進むことを許してくれたのは他でもない茂の父でした。父は茂の才能を見抜き大決断をしたのでした。
「俺が絵描きになれたのは、お父っつぁんのおかげだ」と晩年になっても話していました。

とは言え、簡単に食べていける見通しなど立つ訳もなく、悩んだ末に辿り着いた先が挿絵画家でした。
ここから天才挿絵画家と言われた小松崎茂が誕生していきます。

~想い続けた平和な世界~
茂はある絵を見ながら「あの絵は平和を描いている。俺もあんな絵を描きたい。」と思ったことがあったそうです。そんな想いを抱きながら、少年雑誌の絵物語を描いていました。生活のために軍艦や戦闘機、兵器の絵を描いていましたが、戦時中とは言え茂自身は描きたくて描いていたのではなかったのです。

平和を願い続ける茂だからこそ、当時の少年少女が見ていてワクワクするような絵を描けたのだろうと思います。平和を切に願う想いだけではなく、若いころに「街の科学者」とも言われた茂の科学的な知識もメカニックファンタジーなどに表現されています。

その多くが今から60年や70年前に描かれた小松崎茂の作品ですが、今見ても非常に洗練されていると思います。インターネットで検索すれば何でも調べられる現代とは違い情報が少ない時代に、茂の科学的な知識に裏付けされた精密さと、時に“予知能力”とも思えるような想像力で描き上げた多くの作品をご覧いただければと思います。

生涯で描き上げた作品は優に20,000点を超えると言われます。
86歳でその生涯を閉じるまで「生涯現役」を貫き、多くの少年少女に夢を与え続けた【異能の画家 小松崎茂】の世界をお楽しみいただければと思います。

年譜

誕生~幼少期

1915

0歳

2月14日 東京府北豊島郡南千住町三ノ輪(現:荒川区南千住)にて生まれる。※戸籍上の生年月日は1915/2/21

1923

8歳

9月 関東大震災で小松崎家が罹災するも家族は全員無事だった。

9月 関東大震災

1927

12歳

3月 第二瑞光尋常小学校(現:荒川区立第二瑞光小学校)を卒業する。
4月 瑞光尋常高等小学校へ進学する。

書生時代

1928

13歳

御大典美術展覧会で南千住駅裏の官舎を描いた油絵を出品し三等賞を受賞する。

1929

14歳

3月 瑞光尋常高等小学校を卒業する。

1931

16歳

日本画家の堀田秀叢(しゅうそう)氏に師事する。

1934

19歳

日本美術協会展の三等賞を受賞する。
伝神洞展に入選する。

1935

20歳

人気挿絵画家の小林秀恒(ひでつね)氏に師事する。

1936

21歳

この頃から師・秀恒氏の依頼で銀座や浅草など東京の街並みを約2年間かけてスケッチする。(後に「懐かしの銀座・浅草」に所収)
日活映画「股旅千一夜」などをスクリーン画面からスケッチして人物表現の習練を積む。

1937

22歳

文芸記事を供給していた新聞文芸社(現:学芸通信社)に売り込みに行き、当時記者をしていた作家志村秀太郎氏と出会う。

7月 日中戦争が始まる。

挿絵画家デビュー

1938

23歳

3月 新聞文芸社を仲介に『小樽新聞』にデビュー作品となる悟道軒圓玉の講談小説「白狐綺談」(全147回)の挿絵=筆名は小松崎恒方=を描く。

1939

24歳

6月 『小樽新聞』に一龍斎貞鏡の講談「赤壁の猫」(全208回)の挿絵=筆名は小松崎恒方=を描く。
8月『満州日日新聞』に鷲尾雨工の小説「覇者交替」の連載に挿絵を描く。
『秋田魁新報』に鷲尾雨工の小説「仮面春秋」(全100回)の連載に挿絵を描く。
この頃、音羽の研究所に通い、デッサンに励む。ここで知り合った挿絵画家野口昂明氏から国防科学雑誌『機械化』の出版社山海堂を紹介してもらう。

9月 第二次世界大戦が始まる。

機械化時代

1940

25歳

山海堂『機械化』に表紙絵や口絵を描き始め、昭和19年まで続いた。
機械化では少年の頃からの夢、斬新なメカニックの世界を描く。
いずれ小松崎作品のような新兵器が現実に現れて、戦局が逆転するのではないか、との思いを多くの読者に抱かせた。

1941

26歳

師・秀恒氏の仲介で、順天堂大学の佐藤清一郎医師に手術中の肺壊疽のスケッチを依頼される。
陸軍美術展、海洋美術展入選する。

12月太平洋戦争が始まる。
「戦艦大和」が竣工する。

1942

27歳

尾久町にアメリカ軍による爆弾・焼夷弾が投下され、本土の初空襲を受ける。

1943

28歳

3月 陸軍美術展に出品した「ただ一撃」が藤田嗣治に激賞され、自信を深める。
9月 国民総力決戦美術展・第3回航空美術展に出展する。
秋頃、日本電気兵器(現:デンセイ・ラムダ株式会社)の小穴工場宣伝部主任に徴用される前日まで「ツヨイコヨイコ」などの挿絵の仕事をしていた。
この年に陸軍の依頼で、落下傘部隊の軍隊章や戦意高揚ポスターを描く。
この頃に陸軍航空絵画研究会に参加するため飛行館(現:航空会館)に通い、そこで絵物語作家の山川惣治氏らと出会う。

7月 東京都制施行。

1944

29歳

12月 海軍造船部軍属中尉相当官となる。
台東区谷中のアパート(通称:天王ホテル)に転居する。

8月 区内の学童集団疎開が始まる。
10月 レイテ沖海戦、日本軍特攻作戦が始まる。
11月 アメリカ軍の本格的な空襲が始まる。

1945

30歳

3月東京大空襲で南千住の生家が罹災。全焼するも、家族は全員無事だった。
戦後、駐留軍の似顔絵やスーベニアショップの品物の絵を描いたりして糊口をしのぐ。

3月 空襲による区内の死傷者が600人を超す。
8月 広島、長崎に原爆が投下され、ポツダム宣言を受諾、第二次世界大戦が終結する。
10月 連合国軍総司令部(GHQ)による検閲が始まる。

1946

31歳

11月 『少年』創刊号から大佛次郎作の「冒険物語 たから島」の挿絵を担当する。

11月 日本国憲法が公布される。

1947

32歳

挿絵画家家田代光らとともに初心に戻り、絵描きとして一からやり直す気持ちで人物画のデッサンに励む。
少年雑誌に執筆を再開する。

10月 アメリカの「ベルX-1 高速研究機」がロケットエンジンで初めて音速を突破する。

絵物語時代

1948

33歳

1月 SF・推理作家海野十三著「怪星ガン」の挿絵を担当する。
7月 豊島区駒込に居を移す。
10 月絵物語時代初期の代表作「地球SOS」『冒険活劇文庫・少年画報』(昭和23年~26年)の連載が始まり、大ヒットする。

1949

34歳

「少年少女譚海」に表紙絵や絵物語を描き始める。

1950

35歳

1月 『おもしろブック』新年号第一付録で「大平原児」の連載が始まる。
「キングゴリラ」『少年世界』も連載が始まる。

8月 警察予備隊が設置される。

1951

36歳

1月 「南極の聖火」『少年』の連載が始まる。
3月 3月14日 居所を千葉県柏町に移し平岡正と結婚
9月 「白い十字架」『少女』の連載が始まる。
少年雑誌で絵物語が全盛期を迎え、多忙を極める。
「海底軍艦」「宇宙戦隊」「宇宙王子」「海底王国」「銀星Z団」「翼のちかい」「どろんこ天使」『おもしろブック』
「南極の聖火」「第二の地球」「氷原の冒険児」「大暗黒星」「密林の冒険児」「金星の使者」など『少年』
その他に『少年クラブ』『幼年クラブ』『譚海』『太陽少年』『少年画報』『漫画王』『日の丸』などに執筆する。
昭和20年代後半の少年雑誌各誌の看板は、ほとんどが小松崎作品と山川惣治氏の作品だった。
この頃、督促で自社の順番を待つ編集者に囲まれて、アシスタントも使わずほとんど一人でおびただしい量の作品を描きまくった。

9月 サンフランシスコ講和条約が締結され、日米安全保障条約に調印される。

1952

37歳

1月 「平原王」『少年少女冒険王』の連載が始まる。
4月 「密林の冒険王」『少年』の連載が始まる。
6月 「森の英雄」『漫画王』の連載が始まる。
7月 「空中の魔人」『少年クラブ』の連載が始まる。
8月 「ぼうけんビーバー」『幼年クラブ』の連載が始まる。
10月 「第二の地球」『少年』の連載が始まる。

1953

38歳

8月 「黒い太陽」『幼年クラブ』の連載が始まる。
10月 「海底王国」『おもしろブック』の連載が始まる。
自伝的絵物語「旭日は沈まず」『太陽少年』の連載が始まる。

1954

39歳

7月「地球をねらう男」『少年クラブ』の連載が始まる。
「スピードキング」『幼年ブック』の連載が始まる。この作品をきっかけに本田技研工業株式会社の本田宗一郎氏と出会う。

1955

40歳

2月 「大暗黒星」『少年』の連載が始まる。
4月 「神州竜巻城」『少年少女冒険王』の連載が始まる。
10月 汐入・橋場を舞台にした絵物語「どろんこ天使」『おもしろブック』の連載が始まる。
この頃、漫画の人気が上昇し、絵物語全体にかげりがでてくる。

1956

41歳

1月 「宇宙少年隊 怪人スターマン」『少年』の連載が始まる。同作は絵物語で初のコミックバージョン作品。
4月 科学評論家原田三夫著「ぼくらの宇宙旅行」『少年少女世界科学冒険全集23』の挿絵を担当する。
5月 「ゼドラ」『おもしろブック』(全8回完結)これが同誌最後の連載となる。
12月 東宝特撮映画ではじめてメカデザイン、イメージボードを描いた「地球防衛軍」が公開される。
この仕事を機に円谷英二特技監督と交流し、以降監督の特撮映画のメカデザインなどを手掛ける。
この頃から絵物語の掲載数が減少し、口絵を多く手掛けるようになる。
「これからの交通機関」『科学大観2』で画と文を担当する。

1957

42歳

1月 「宇宙少年隊 怪人スターマン」『少年』の連載が始まる。同作は絵物語で初のコミックバージョン作品。
4月 科学評論家原田三夫著「ぼくらの宇宙旅行」『少年少女世界科学冒険全集23』の挿絵を担当する。
5月 「ゼドラ」『おもしろブック』(全8回完結)これが同誌最後の連載となる。
12月 東宝特撮映画ではじめてメカデザイン、イメージボードを描いた「地球防衛軍」が公開される。
この仕事を機に円谷英二特技監督と交流し、以降監督の特撮映画のメカデザインなどを手掛ける。
この頃から絵物語の掲載数が減少し、口絵を多く手掛けるようになる。
「これからの交通機関」『科学大観2』で画と文を担当する。

1958

43歳

12月 「宇宙少年隊 光線ロボット」『少年(全6回完結)』、これが宇宙少年隊シリーズ最終作となる。

1959

44歳

1月 「宇宙魔城」『少年』の連載が始まる。
3月 少年雑誌初の週刊誌『少年週刊マガジン』、『週刊少年サンデー』が創刊される。以降、両誌の口絵、表紙絵などを数多く手掛ける。
7月 「天空魔X」『少年』の連載が始まる。
12月 メカデザインを描いた東宝特撮映画「宇宙大戦争」が公開される。
この頃、貸本マンガ家時代の水木しげるが編集・執筆した戦記漫画専門誌『少年戦記』の表紙絵を描く。

1960

45歳

1月 「うかぶ宇宙船」『少年』の連載が始まる。
6月 「ヒマラヤの怪人」『少年クラブ(全6回完結)』、これが同誌最後の連載となる。
7月 「コンドル探偵」『少年』の連載が始まる。

戦記物ブーム/ボックスアート時代

1961

46歳

1月 「太平洋戦争画集」『週刊少年サンデー』の連載に口絵を描く。
10月 「宇宙指令-パラン-」『週刊少年サンデー』の連載が始まる。
12月 初のプラモデルパッケージ画「1/35ドイツ パンサータンク(シングル)」が田宮模型(現:株式会社タミヤ)から発売される。
この年、プラモデル、戦記物ブームが訪れ、再び多忙な日々が続くようになる。
「大和」「武蔵」をはじめとする軍艦「零戦52型」「雷電」「隼」「ムスタング」など戦闘機や
アメリカやソビエトの「戦車」など、昭和30年代後半の戦記作品は数えきれない。

1962

47歳

この頃から『週刊少年サンデー』の表紙絵をたびたび描く。
タミヤのモーター付きプラモデル戦車「パンサー」が大ヒットする。
戦記物ブームはそのままプラモデルブームと重なり「日本模型」「バンダイ」「今井科学」「ミドリ」などの
ボックスアート(箱絵)を次々と描き、小松崎の絵が模型屋の店先を埋めつくすようになる。

1963

48歳

4月 デザインを担当した東宝特撮ホラー映画「マタンゴ」が公開される。同時上映作品は「ハワイの若大将」だった。
12月 メカデザインなどを描いた東宝特撮映画「海底軍艦」が公開される。

1964

49歳

6月 「戦場の勇者たち」『漫画王(全6回完結)』、これが同誌最後の連載となる。
12月 「大空の勇者 海鷲」『少年(全12回完結)』、これが同誌最後の連載となる。
「少年太平洋戦史」シリーズ『週刊少年サンデー』の挿絵を描く。

1965

50歳

5月 「超兵器サターン」『少年ブック(全5回完結)』、これが同誌最後の連載となる。

1966

51歳

11月 「タイムマシン 戦艦大和」『週刊少年サンデー』の連載が始まる。

1967

52歳

3月 パッケージ画を担当したプラモデル「サンダーバード5号 ドッキングセット3号入」が今井科学から発売される。
11月 「密林の王者ダーザン」『週刊少年サンデー(完結)』、これが同誌最後の連載であり、<絵物語>と題された最終作となる。
プラモデルはTVキャラクターが全盛期になり、サンダーバードなど迫力のある箱絵で大ヒットし、また新しい時代を作る。

1968

53歳

大伴昌司氏が企画・構成した「世界大終末」『週刊少年マガジン(第10巻第56号)』の挿絵を担当する。
この頃、色鉛筆やスケッチブックなど学用品の仕事をする。

1969

54歳

「カラー版少年少女世界の文学」全30巻の内「宇宙戦争」「巌窟王」「偉大なる王」の表紙絵や口絵を翌年にかけて描く。

1970

55歳

バンダイ模型の「仮面ライダー」から「ジャッカー電撃隊」までの変身特撮作品プラモデルの箱絵、
「マジンガーZ」から「ダンガードA」までのアニメ作品プラモデルの箱絵を1977年まで担当する。
この頃、アメリカ・ヨーロッパで「箱絵には中に入っていないものを表示してはいけない」という法律が生まれ
臨場感を盛り上げるための脇役などを描けなくなり、迫力ある小松崎の絵は、ボックスアートのニーズから外れていく

1971

56歳

少年漫画劇場ー冒険活劇「少年王者・大平原児」発刊筑摩書房

1975

60歳

9月 自身が体験した関東大震災を描いた読み切り漫画「関東大震災」が『週刊少年サンデー』に掲載される。
長い戦記物ブームも終焉を迎え、雑誌掲載も減少していく

戦艦メダルコレクション時代

1977

62歳

8月 初の画集「小松崎茂の世界 帝国連合艦隊-世界の軍艦シリーズ」をワールドフォトプレスより発刊する。
この頃から「日本海軍の戦艦メダル・コレクション」を皮切りに松本徽章工業のメダル原画を約22年間描く。
「懐かしの銀座・浅草」を毎日新聞社より発刊する。

1980

65歳

この年、展覧会用にかつて描いたスケッチを色紙に描き直す。

1981

66歳

6月 前年から開かれていた「激動期育ちの会展」(銀座・川上画廊)に第2回から毎年出展する。

メカニックファンタジー時代

1982

67歳

10月 画集「メカニックファンタジー 小松崎茂の世界」を集英社より発刊する。
この画集は専門家の意見を入れながら時間をかけてすべて描き下ろした労作で、SF画家としての小松崎茂の名を再認識させる

1984

69歳

「GINZA OF GINZA’84」(9月6日~10月16日 銀座ポケットパーク)に銀座のスケッチ画7点が展示される。
※原画が薄い和紙に描かれているため写真製版してB4判に拡大した

1987

72歳

この年、松本徽章工業株式会社のコレクションメダル「奥の細道シリーズ」のメダルや封筒の原画を手掛け始める。

1990

75歳

4月 「小松崎茂の世界・ロマンとの遭遇」(根本圭助編)が国書刊行会より発刊する。

1993

78歳

10月 「異能の画家・小松崎茂」(根本圭助著)が光人社より発刊される。

1994

79歳

9月 東京都美術館において開催された「第20回東京展」 <特別企画 小松崎茂の世界>に「吾妻橋」や「宇宙コロニー」など41点が展示される。

小松崎茂再ブーム到来

1995

80歳

1月31日 自宅が全焼し、原画、スケッチ画など数万点に及ぶ資料が消失する。
7月 朝日新聞記念会館において開催された「現代から見た戦争展」に出展する。
9月 千葉県柏市民ギャラリーにおいて「異能の画家 小松崎茂展」が開催される。
「小松崎茂の世界―少年の夢を描き続けた異能の画家」(根本圭助著)が学習研究社より発刊される。
12月 石野卓球監修によるCD「ミックスアップシリーズ」が発売され、小松崎が描いたジャケットのSF画が話題となる。

1996

81歳

11月 習志野・菊田公民館において「小松崎茂展」が開催される。
CD-ROM「小松崎茂ワールド」がエクシングより発売される。
12月8日 岡山県美作市に「小松崎茂美術館」(現:あの日のおもちゃ箱昭和館)が開館する。

1997

82歳

8月 明石市立文化博物館において「少年の夢を描き続ける異能の画家 小松崎茂展」が開催される。
9月 「小松崎茂の世界 Part2―大和・武蔵を描き続けた異能の画家」(根本圭助著)が学習研究社より発刊される。
池袋アムラックストヨタにおいて開催された「THE NEWEST OLDIES 1997」に出展する。

1998

83歳

2月 吉祥寺パルコ7階 特設会場において「小松崎茂展-テクノファンタジー」が開催される。
3月 札幌パルコ8階スペースデュエにおいて「小松崎茂展-テクノファンタジー」が開催される。

1999

84歳

4月 池袋・サンシャイン60展望台において「小松崎茂展~20世紀の夢へ向かって~」が開催される。

2000

85歳

7月 千葉県松戸市に昭和ロマン館が開館し、名誉館長となる。
10月 昭和ロマン館において「小松崎茂とその時代展」が開催される。

2001

86歳

1月 「2001年の才能が描く100年後の世界 核戦争後①」が掲載された『週刊プレイボーイ(第36巻第2号)』が発刊され、雑誌としては最後の仕事となる。
11月 「METAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTY PREMIUM PACKAGE」(PlayStation2用ソフト)が発売され、生涯最後の仕事となる。
12月7日 心不全により千葉県柏市内の病院で死去。

2005

7月 荒川ふるさと文化館において「下町の空想画家 小松崎茂展」が開催される。

2011

この年の冬、千葉県松戸市の「昭和の杜博物館」に展示コーナー【小松崎茂ワールド】が完成する。

2015

10月 荒川ふるさと文化館において生誕100年を記念して「続・下町の空想画家 小松崎茂展」が開催される。

これまでの展示会

1984年 / 昭和59年 9月6日 ー 10月16日 ー 「GINZA OF GINZA'84」 ー 銀座ポケットパーク
1994年 / 平成6年 9月18日 ー 10月3日 ー 「第20回東京展」<特別企画 小松崎茂の世界> ー 東京都美術館
1995年 / 平成7年 7月14日 ー 7月19日 ー 「現代から見た戦争展」 ー 朝日新聞記念会館
1995年 / 平成7年 9月22日 ー 10月5日 ー 「異能の画家 小松崎茂展」 ー 千葉県柏市民ギャラリー
1996年 / 平成8年 11月9日 ー 11月17日 ー 「小松崎茂展」 ー 習志野・菊田公民館
1997年 / 平成9年 8月2日 ー 8月31日 ー 「少年の夢を描き続ける異能の画家 小松崎茂展」 ー 明石市立文化博物館
1998年 / 平成10年 2月14日 ー 3月1日 ー 「小松崎茂展-テクノファンタジー」 ー 吉祥寺パルコ7階 特設会場
1998年 / 平成10年 3月20日 ー 3月31日 ー 「小松崎茂展-テクノファンタジー」 ー 札幌パルコ8階スペースデュエ
1999年 / 平成11年 4月24日 ー 5月23日 ー 「小松崎茂展~20世紀の夢へ向かって~」 ー 池袋・サンシャイン60展望台
2000年 / 平成12年 9月19日 ー 10月3日 ー 「美術の祭典・東京展」-企画展示・小松崎茂の世界- ー 東京都美術館
2002年 / 平成14年 4月27日 ー 6月2日 ー 「小松崎茂の未来世界」-日本SFアートの開拓者- ー みどり市大間々博物館(コノドント館)
2002年 / 平成14年 12月3日 ー 12月8日 ー 「追悼 小松崎茂展」 ー ロイヤルサロンギンザ
2005年 / 平成17年 1月8日 ー 1月25日 ー 「小松崎茂 遺作展」 ー 寺島文化会館
2005年 / 平成17年 5月 ー 10月 ー 「小松崎茂と高畠華宵展 ~少年の日の憧れ~」 ー 高畠華宵大正ロマン館
2005年 / 平成17年 7月30日 ー 9月25日 ー 「下町の空想画家 小松崎茂展」 ー 荒川ふるさと文化館
2005年 / 平成17年 9月17日 ー 10月30日 ー 「子どもたちの夢やあこがれを描き続けた画家 ぼくらの小松崎茂展」 ー 刈谷市美術館
2006年 / 平成18年 4月1日 ー 5月14日 ー 「子どもたちの夢やあこがれを描き続けた画家 ぼくらの小松崎茂展」 ー 北海道立函館美術館(開館20周年記念)
2006年 / 平成18年 5月20日 ー 7月2日 ー 「子どもたちの夢やあこがれを描き続けた画家 ぼくらの小松崎茂展」 ー 北海道立旭川美術館
2006年 / 平成18年 7月29日 ー 9月18日 ー 「子どもたちの夢やあこがれを描き続けた画家 ぼくらの小松崎茂展」 ー 北九州市立美術館・分館
2006年 / 平成18年 10月7日 ー 12月3日 ー 「子どもたちの夢やあこがれを描き続けた画家 ぼくらの小松崎茂展」 ー 逓信総合博物館
2008年 / 平成20年 9月30日 ー 10月5日 ー 「小松崎茂展」 ー Gallery80
2009年 / 平成21年 7月3日 ー 9月27日 ー 「昭和少年SF大図鑑展 S20~40'ぼくたちの未来予想図」 ー 弥生美術館
2010年 / 平成22年 7月17日 ー 8月31日 ー 「ぼくたちのあこがれた未来(あした) 小松崎茂の世界展」 ー M&Y記念館(棟方志功・柳井道弘記念館)
2010年 / 平成22年 10月5日 ー 10月10日 ー 「小松崎茂展」 ー Gallery80
2011年 / 平成23年 2月11日 ー 3月6日 ー 「小松崎茂の世界」 ー 埼玉県立川の博物館
2012年 / 平成24年 4月2日 ー 4月14日 ー 「小松崎茂 宇宙船地球号」 ー ヴァニラ画廊
2013年 / 平成25年 7月5日 ー 9月29日 ー 「小松崎茂展」 ー 東京富士美術館
2014年 / 平成26年 6月23日 ー 6月28日 ー 「小松崎茂 幻の超兵器図解 復刻グラフィック展」 ー MYS銀座3階チーパズギャラリー
2015年 / 平成27年 10月17日 ー 12月6日 ー 「続・下町の空想画家 小松崎茂展」 ー 荒川ふるさと文化館
2018年 / 平成30年 1月2日 ー 1月28日 ー 「小松崎茂画伯ワールド展覧会」 ー 八重洲ブックセンター本店1Fギャラリー
2019年 / 令和元年 8月31日 ー 9月16日 ー 「小松崎茂2019展」~僕等のBOXアーツの巨匠 ジェリーアンダーソン作品編~ ー 中野ブロードウェイ2F
2020年 / 令和2年 3月14日 ー 5月10日 ー 「SF・冒険・レトロフューチャー」~ぼくたちの夢とあこがれ~ ー 昭和館3階/特別企画展会場 ※新型コロナウィルス感染拡大防止のため、開催中止になりました。
2021年 / 令和3年 1月30日 ー 2月25日 ー 「異能の画家 小松崎茂の複製原画展」 ー 豊島区役所本庁舎4階回廊
2022年 / 令和4年 3月12日 ー 5月8日 ー 「SF・冒険・レトロフューチャー×リメイク」~挿絵画家 椛島勝一と小松崎茂の世界~ ー 昭和館3階/特別企画展会場
2022年 / 令和4年 12月23日 ー 12月27日 ー 「小松崎茂とその後輩達」 ー 大泉学園ゆめりあホール/7階ゆめりあギャラリー
2023年 / 令和5年 7月7日 ー 9月3日 ー 「しまね×交通クロニクル-北前船からフォードまで-」 ー 島根県立古代出雲歴史博物館
2023年 / 令和5年 7月15日 ー 8月28日 ー 「レトロ to ミライー想い描いた未来予想図ー」 ー 宮崎県総合博物館
2023年 / 令和5年 9月21日 ー 10月1日 ー 「2023年 JPAL展」 ー 新宿世界堂本店6階/ギャラリーフォンテーヌ
2024年 / 令和6年 1月27日 ー 2月14日 ー 「日本出版美術家連盟 75年の軌跡」 ー O美術館